壁紙をはじめ、床材、ファブリック、表具類を扱う内装材卸会社として、2021年に創業100年を迎える株式会社森熊。
内装工事店さんへの卸売を通じて建築の下流工程のサポートを行ってきた同社ですが、2013年から、建築の上流工程で国内外の壁紙の品番決定ガイドを行うウォールペーパーハウスを四国各県に展開し注目を集めています。
施主支給による壁紙の小売と、事業者への卸売りを前提としたショールームサービスを提供。
また、ウォールペーパーハウスでは、前職にて雑貨、美術、アパレル、食器やケーキ、医薬品といった壁紙とは異なるもの取り扱い経験を持つ5名のスタッフたちの専門性を活かして、インテリア先進国が集まる欧州の展示会や街のインテリアショップのトレンドを現地取材、独自のセミナーを開催、年間4~500名を集客しています。
その内容は、地元の工務店、設計、ICさんなどを中心に聴講者を募り、インテリア・トレンドをヒントとした建築事業のマーケティング視点と、国内外の壁紙を使った施主さんのインテリア・ニーズを探求する視点の両方を持った、啓蒙活動となっています。
大塚氏がこうしたセミナーを行うに至った、その背景には何があったのか。
さらに、セミナーを通して訴えたいことは何なのか、熱い思いを語っていただきました。
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--ウォールペーパーハウスは現在、四国各県にそれぞれ店舗があるとお聞きしました。
2013年にオープンした松山店は当初、壁紙屋本舗さん、WALPAさんに教えてもらった壁紙DIYを使って、輸入壁紙を雑貨のように販売する、週末しか営業していない実験店舗でした。
その年末に徳島店、翌年2014年に高知店をオープン。
最後2015年に高松店をオープンする頃から次第に運営のモデルが定まってきました。
売りたい商品を前面に出すというよりも、日本国内のものから海外各地のものまで、十分なデザインの広がりと深さの大判壁紙サンプルを用意して、施主さんやインテリアデザイナーさんへガイドすることが主なサービスです。
そもそも、なぜ内装材卸業に徹してきた我々が壁紙の小売店を作ったのかというと、エンドユーザー目線で見るインテリア市場とはいかなるものか、自分たちの目で確認してみたかったからです。
それまでは内装卸のお客様、つまり内装工事店さんたちを通じて見えていたインテリア市場しか知りませんでした。
当時東京の豊洲に林立してきたタワーマンションのモデルルームを見学に行った際、2憶円近くする最上階の物件の壁紙の標準仕様と、松山市内の学生が住む安いアパートに使う壁紙のグレードが同じであることを知り、強い疑問を感じていたのです。
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PROFILE
大塚紳哉
株式会社森熊 代表取締役社長
ソフトウエア会社、コンサルティング会社、家電メーカー勤務を経て2007年より内装材卸の株式会社森熊勤務。2013年から一般のお客様をターゲットにした壁紙専門店WALLPAPERHOUSE(ウォールペーパーハウス)を四国各県に展開。壁紙選定の専門スタッフを雇用育成し、海外の展示会取材を重ねてセミナーを開催。エンドユーザーだけでなく工務店や内装店なども含め、壁紙を使った建築全体の価値、生活する時間価値のアップデートについて新たなノウハウを提案。
--愛媛県松山市の1号店オープンから7年経ったとのことですが、これまでを振り返っていかがでしょうか。
7年前の時点で自社にはB2Bの経験しかなく、内装工事店さんだけが顧客。
工務店さんさえも存じ上げない。
その先のエンドユーザーと接する小売業というものも初めてで、レジの打ち方から練習しました。
それでも、毎週末土日曜に店頭に立っているうちに徐々にお客様のニーズをつかむコツというか、好みの傾向をつかむ方法が論理的に説明できるようになってきたのです。
松山店をオープンしてすぐの頃の話です。都市部から引っ越されてきたとある主婦のお施主さんでした。
当初「ダマスク柄が好き」とおっしゃったので、それに該当する壁紙をあれこれお見せしていました。
案内した壁紙の柄によってお施主さんの顔の表情が変わるので、OKかNGかがはっきりと分かります。
やりとりを重ねながら気づいたのは、お施主さんが望んでいるのは「ダマスクの柄」自体ではなかったのです。
バラの花や猫足の家具などのイメージのダマスク柄に囲まれると、ご本人が求める気持ちになれるということでした。
そして、「ダマスク柄」だけではなく「花柄」や「幾何学柄」の壁紙など、異なるデザイン分野ですが同じような気持ちになれそうなものを提案していくと、目を輝かせて喜ばれます。最終的に、リビングだけでなく、玄関や廊下、子供部屋やトイレに沢山の輸入壁紙を選んでくださる結果となりました。
他によくあったのが「ウイリアムモリスの壁紙が欲しい」という施主さんたちです。
そういう人たちの中には、本当に突き詰めてモリスが大好きな方と、よく雑誌で見るので、そういうモリスのような壁紙が良さそうかな?という方がいます。
後者の場合、モリスかもしれないし、モリスと違うけれども、同じ英国の遠くない時代背景を持つコール&サンかもしれない。
似て異なる、同じ気持、少し違っているがジャンプしうる射程範囲内の気持になる壁紙デザインを見せて比較してもらうと、その人にとっての「モリス」が、最終的にはどのブランドのどの品番なのかを、施主さん本人が見出していくことができるのです。
私は以前、より単価の高い壁紙へアップグレードできれば良いと単純に考えていましたが、すこし違っていました。ユーザー本人の本当に欲しい「北欧柄」が実はどういうものなのか、あるいは本人にとって「無難で静かなデザイン」とはいかなるものなのか。
言われた柄を出すのではなく、施主さんの個性やアイデンティティの探求こそが壁紙選定をガイドしていく意味であり、他の建材にはできない内装業界の使命だと気づきました。
その後、たくさんの壁紙デザインを論理的に分類し、ハードな感じかソフトな感じかといった感情で相対的なポジショニングをしていくことで、5名のスタッフを教育、ノウハウを共有、スタッフ同士で高めていく学習サイクルを確立していきました。
結果として400冊以上の国内外の壁紙の見本帳、柄の種類で言えば1万点以上にはなるはずですが、それらを4県のスタッフ全員が全て覚えていて、施主さんの感情に寄り添って、比較できる柄を次々と見せてガイドしていくことができるようになりました。
--こちらでは一般のお客様を集めて壁紙の張り方教室をされているほか、工務店さんに向けて定期的にセミナーも開催されています。開催に至った経緯等をお話しください。
2015年に四国4県目の高松店をオープンした頃までは、沢山の方々が特別な壁紙を求めて張り方教室に押し寄せてきました。
その後次第に教室参加の希望者が減ってきます。つまり、四国におけるイノベイティブ(革新的)な人たちには壁紙のすばらしさを伝えられて、具体的にアクションを起こしてもらえます。
しかし、マジョリティ(大多数)の人たちには「知っている」で終わってしまい、アクションを起こしてもらえない。
住を衣食に例えるならば、現在制服を着て給食を食べることで衣食に満足している人たちに、好きなブランドの洋服や食べたいレストランを選んでもらおうとしても、選びきれない、楽しみきれないことと近い状況が起きていることを実感しました。
マジョリティにもっと楽しい、それぞれの個性を満たすデザインの壁紙を選んでもらえるように啓蒙するにはどうすれば良いのか、という次の課題にぶつかります。
その答えは、マジョリティの人たちは、壁紙に関してどこへ相談に行くか?ということにありました。マジョリティが向かうのは壁紙専門店ではなく工務店さんだったのです。
ところが、とある施主さんがお部屋をリゾート風にリフォームしたいと工務店さんへ壁紙の相談をしたところ、担当者さんから「リゾート風の壁紙では落ち着きませんよ」と言われてしまった、といったような例が何度も出てきます。
その例では後日、東京にいる親類からウォールペーパーハウスのことを聞いて来店され、その方にとっての「リゾート風」を選ばれました。
決して商業施設で使うような壁紙ではなく、深みのある落ち着いた色で、伝統的な版画技法を使ってプリントされた植物柄の壁紙が、その施主さんの求める「リゾート風」でした。
そこから、いままで我々にとって接点が無かった工務店さんたちはいかなる方々か?を知るため、四国中の工務店さんを、壁紙の見本帳を持って玄関から訪問し始めました。
また、同時に、来店される施主さんを経由して、工務店さんへお話を伺いに行くようになりました。
するとそこにも課題がありました。工務店さんたち、ICさんたちも実は余裕がなくて壁紙の見本帳をそのまま施主さんへ渡さざるを得ない状況も少なくない。
建築には多くの複雑な手順が関わるので壁紙だけのための専門のガイド役を社内に置くことは難しいということでした。
さらに、施工工程が最後で、一般的には納期も短い壁紙は、室内で最大の面積を担うにも関わらず最後に決まることが多い。
先に決まった床や建具、住設などの色が制約になって、本当に欲しい壁紙やインテリアを作れないという課題も耳にすることとなります。
工務店さんにも壁紙のすばらしさや楽しみ方を知ってもらうにはどうするか?
そして、建築の早い段階で、ユーザーや企業の個性やアイデンティティを満たす壁紙、もしくはキーデザインとなる壁紙を選んでもらってから全体計画に入ってもらえないか、ということが目指すゴールとなっていきます。
内装材卸業の我々は工務店さんへ材料を直接卸売したり、工事を提供したりする立場にはないため(※)、情報提供したり啓蒙したりできるセミナーを開催して参加してもらうことがゴールへ向かう近道になると考えました(※建築事業では施主支給の場合を除き、壁紙材料は内装工事店さん経由で工事とともに工務店に提供されます)。
--セミナーでは、毎年1月にドイツのフランクフルトで開催されるホームテキスタイルの世界最大級の見本市ハイム・テキスタイルを取材されたほか、パリのメゾン&オブジェ、ヨーロッパ各地の様々なショップについてもリポートし、紹介されていました。
ショップを始めたころは東京で開催される、スタイリングプロ「最旬!ヨーロッパトレンドセミナー」に参加していました。
デコレーターズのH氏と、オーブのK氏のお話をお聞きしていると、トレンドは天気予報だとおっしゃる。
なるほどということで、自分たちで欧州展示会現地のセミナーを聞いて質問し、ブースを見て、そして、街中のショップや、アートなものも見て比較して回っていると、色々なことが分かってきました。
欧州のインテリア業界は、世界の情勢と人々の振る舞いを論理的に分析して、何を準備しておくとインテリアでエンドユーザーの潜在的なニーズを花開かせるビジネスができるのかを懸命に探求していたのです。
ただこの商品が素晴らしいですよ、と伝えるだけでは、そういうものが好きな人がいたらね、ということになります。
また、限られた種類の壁紙のデザインにしか触れたことが無い工務店の方々には伝わりにくかったりしました。
しかし、インテリアビジネスが世界でどのようになっているかという話になると伝わる部分が出てきます。
建築のビジネスで、壁紙やインテリアをどのように「飛び道具」として使えるのかという事業を差別化する視点や、社会情勢を背景に引き起こされるトレンドから新しいデザインが出てユーザーに求められてきているという天気予報の視点。
そしてなによりも事業のブランドアイデンティティや施主のパーソナルアイデンティティを満たすことが壁紙の使命であることを、ウォールペーパーハウスで開催しているセミナーではお伝えしています。
これまでの活動で、工務店さんたちが、建築の早い段階で施主さんだけをウォールペーパーハウスへ案内してくれる例も増えてきました。
全体や各エレメントが決まってくる前に、施主さんの欲しいデザインはどういう壁紙の柄なのか、ということを特定するという流れが起きてきています。
工務店さんのご担当者には施主さんが選ばれたデザインを画像付きでご報告差し上げることで、全体計画のヒントに使っていただいています。
また、これからの建築は家電業界などでも重視しているUX(ユーザー経験)が素晴らしくなるプロセスをつくらなければなりません。
それは、建築の早い段階で、その施主さんの心が求めるインテリアは何か、壁紙のデザインは何かを特定しておくことで、その人のアイデンティティを満たす空間が出来上がり、そこで過ごす時間、UXの価値が高まるということです。
新築引き渡し後に十分満足のいくUXが提供できれば、自ずとOBさんのリフォーム、リノベーションで求めるインテリアや建築も高まっていくはずだ、という考えです。
--四国4店舗の展開をはじめ、施主さんへの壁紙の案内、工務店さん向けのセミナーなど多岐に渡る取り組みが功を奏してきたと、ご自身では実感されていますか。
2020年時点で達成できたのは、当初の、エンドユーザーを知るための、そして壁紙材料の価値を伝えるための実験を始めたスタートから7年間かけて、現在の運営のモデルをつくったところまで、と考えています。
現在に至り、スタート当初には想像もできないほど多くの住宅の新築やリフォームに対して施主さんの満足度を壁紙を使って高めています。
また、モデルハウスやレストラン、病院、美術館のような施設においても、その場の価値を高める壁紙の貢献が各所で実現しています。
分かりやすい例では、2019年末に紅白歌合戦の中継舞台にもなった大塚国際美術館が徳島県鳴門市にあり、そこの陶板絵画の個性にフィットした壁紙選定を展示ルームごとにガイドして納品させていただいています。
次の10年、2030年になるまでには、この運営のモデルを内装工事店さんや工務店さんの材工の価値、建築の成果物の価値を高めることにもっと活用してもらう頻度を高めてもらいながら、その先の四国160万世帯のエンドユーザーが過ごす時間の価値を高めていく、そんな状態が起きてくることを目指します。
最後に、メーカーさん単独では出せるデザインの広がりに限界があります。
ユーザーの個性、アイデンティティの宇宙は限りなく広いからです。
我々のような二次問屋の立場は、取り扱いブランドを広げて、エンドユーザー目線で欲しいデザインをお探しする、保険の窓口のような立場を取ることが可能です。
このような思いを共有できる仲間を増やしながら、さらなる取り組みを続けたいと思っています。